①「このままでは相続税がかかる。アパートを建てれば対策になりますよ」
シリーズ第12回は、相続税対策のアパート建築です。
第11回までは、買う側が会社員や個人でした。今回ねらわれるのは、土地を持つ親世代。多くは大手のハウスメーカーや建設会社が、こう持ちかけます。「このままだと相続税がたくさんかかって、お子さんにお金を残せませんよ」「でも、その土地にアパートを建てれば、相続税対策になります」。
不安を突く言葉です。土地はあるが現金は心配、子どもに迷惑をかけたくない——そういう気持ちに、ぴたりとはまる。しかも今回やっかいなのは、この「相続税対策になる」が、嘘ではないことです。本当に相続税は下がります。だからこそ、開けるべき値札を間違えると危ない。順番に開けます。
②節税の仕組みを開ける——確かに、相続税評価は下がる
まず、なぜ相続税が下がるのか。仕組みは本物なので、正確に押さえます。
- 土地:アパートが建つと「貸家建付地」になり、更地(自用地)のときより評価が約15〜21%下がる
- 建物:建物の評価は固定資産税評価額(建築費の5〜6割程度)が基準で、さらに賃貸中なら借家権分(30%)が引かれる
- 借入金:建築のために借りたローンの残債は、相続財産から差し引ける(債務控除)
- 小規模宅地等の特例:要件を満たせば、貸付用の土地200㎡まで評価を50%下げられる
これらを重ねると、評価は大きく圧縮されます。たとえば、現金で7,000万円持っているより、その土地にアパートを建てた方が、相続税の評価額が1,500万円台まで——約8割近く圧縮されるケースもあります。数字だけ見れば、確かに強力です。
ここまでは、ハウスメーカーの説明どおり。問題は、この数字の「裏」に書いてある別の値札です。
③開けるべきは、別の値札——「賃貸事業」を、丸ごと引き継ぐということ
相続税が下がる代わりに、あなた(と、いずれ相続するお子さん)が手にするものは何か。それは、数千万円〜億単位の借金と、アパート経営という「事業」です。
ここが核心です。アパートを相続するということは、財産を受け取ることではなく、賃貸事業というビジネスを引き継ぐこと。だから本当に問うべきは「相続税がいくら減るか」ではなく、「その事業は、毎月の収支が回るのか」です。
そして、いちばん危ないのが立地。需要のない土地——人口が減っている地域や、駅から遠い田舎に「相続税対策だから」と建てると、入居者が決まりません。空室だらけのアパートは、二重に効いてきます。ひとつ、家賃が入らず経営が赤字になる。ふたつ、②で使った評価減は「賃貸割合」で計算するので、空室が多いと節税効果そのものも薄れる。さらに建物は古くなれば価値が下がり、修繕費もかさむ。やめようにも、田舎のアパートは売り手も買い手もつかず、更地に戻すにも解体費がかかる。出口がないのです。
しかも、こうした建築はサブリース(家賃保証)とセットで売られがちです。「空室でも家賃を保証します」と。ですが第10回で開けたとおり、その保証は法律で減額され得る。結局、減らした相続税より、空室と借金で失う額の方が大きくなる——これが、需要を読まずに建てたアパートで多くの人が陥った形です。
④公的な歯止め——「行き過ぎた節税」は、否認されることがある
もうひとつ、税金の面でも歯止めがあります。極端な相続税対策は、税務署にひっくり返されることがあるのです。
象徴的なのが、最高裁の令和4年(2022年)4月19日判決です。ある人が亡くなる前に、約10億5,500万円を借り入れて約14億円の不動産を購入。相続人は路線価をもとに約3億3,300万円と評価し、借入金と相殺して相続税をゼロで申告しました。これに対し国税は、財産評価基本通達の6項(総則6項。めったに使われないことから「伝家の宝刀」と呼ばれます)を使って鑑定評価で約12億7,300万円に再評価し、約3億円を追徴。最高裁はこの処分を適法と認めました。
つまり、「路線価で評価すれば安くなる」を狙った露骨な節税は、評価そのものを否認され得るということです。これは購入の事例ですが、相続を目前にして借金で不動産を建て・買い、節税目的が前面に出ているケースほど、同じリスクを負います。通常のアパート経営すべてが否認されるわけではありませんが、「相続が近いから急いで」「節税のためだけに」という動機が強いほど、税務署に見られていると考えた方がいい。節税は、やりすぎると消えるのです。
⑤誰が得をするのか——「対策になりますよ」と言う人が、その工事で儲ける
ここで、第3回からの1分ルール——「仕組みを1分で説明できない商品は買わない」——を、少し言い換えて当てます。「この話で、誰が得をして、誰がリスクを負うのか」を1分で説明できるか。
「アパートを建てれば相続税対策になりますよ」と勧めてくるのは、多くの場合、大手のハウスメーカーや建設会社です。では、その会社は何で儲けるのか。建築工事の請負です。つまり、「対策になりますよ」と言う人自身が、あなたが建てることで確実に利益を得る。一方で、空室・借金・経営の失敗・建物の値下がりといったリスクは、全部あなた(と相続人)の側に残る。
得をするのは建ててもらう側、リスクを負うのは建てる側——この利益相反こそ、この罠の正体です。「相続税対策」「お子さんに残せます」という言葉の中に、借金と空室のリスクが溶けている。保険料がコストに、手数料がレートに溶けていたのと、同じ文法です。
⑥じゃあどうするか——「節税ありき」で、土地に借金を背負わない
まず、これから勧められている親世代へ。順番を、絶対に逆にしないでください。「建ててから経営を考える」のではなく、「この土地に、借金をして建てる賃貸需要が本当にあるのか」を先に確かめる。需要と毎月の収支が先、節税は後です。そして相続税の試算は、建てさせる側ではなく、利害関係のない税理士に相談すること。「対策になる」と言う人が出す試算は、建ててもらうための試算です。
さらに大事なこと。相続税対策の手段は、アパート一択ではありません。生前贈与、生命保険の非課税枠、小規模宅地等の特例の活用など、借金をせずにできる方法もあります。「アパートを建てるしかない」は、勧める側の都合です。
すでに勧められて迷っている人は、契約前にこの三点を確認してください。
- 空室が出たときの収支——満室前提ではなく、2〜3割空いても返済が回るか
- サブリースの減額条項——家賃保証がいつ、どこまで下げられる契約か(第10回参照)
- 出口——将来売れるのか、相続人がこのアパートと借金を引き継いで困らないか
そして、このシリーズで一貫して言ってきたこと。「子に残せない」「相続税がかかる」という不安を営業に突かれて、その流れで大きな借金と建築を背負わない。不安をあおる人の手のひらで、人生で一番大きな買い物を決めない。まず守る。無理にリスクを取らないことが、いちばん確実な防御です。
まとめ:「相続税対策」の五文字の、裏を読む
- アパートを建てると相続税評価は確かに下がる(貸家建付地・借家権30%減・債務控除・小規模宅地特例で、現金より大幅圧縮)。節税そのものは本物
- だが手にするのは数千万〜億の借金と、賃貸事業。問うべきは節税額より「毎月の収支が回るか」。需要のない田舎に建てると空室で赤字、しかも空室が多いと節税効果まで薄れる。サブリースとセットで売られがち
- 行き過ぎた節税は否認されることがある。最高裁令和4年判決は、借入で不動産を取得した極端な相続税圧縮を「総則6項」で否認、約3億円の追徴を適法とした
- 「対策になりますよ」と言う側が、建築工事で儲ける。リスクは地主と相続人に残る——利益相反
- 防御は、需要と収支を先に確かめること、試算は利害のない税理士に、節税はアパート一択ではないと知ること
このシリーズで、私はずっと「中身を開けて値札を見よう」と書いてきました。アパート建築で開けるべきは、「相続税対策」という五文字の裏です。そこには小さな字で、「ただし借金と空室はあなたが引き受ける」と書いてある。子どもに残したいその気持ちごと、営業に決めさせない。需要と収支を、自分の目で先に確かめてください。それだけで、この罠は避けられます。

